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院長紹介

赤丸智之院長

院長/医学博士 赤丸 智之

資格 日本整形外科学会 

 整形外科専門医 (H12~)

 脊椎脊髄病医 (H16~)

 脊椎内視鏡下手術技術認定医 (H20~25)

日本脊椎脊髄病学会 

 脊椎脊髄外科指導医 (H15~28)

腰椎内視鏡手術中の院長(奥)

腰椎内視鏡手術中の院長(奥)

脊椎顕微鏡(マイクロ)下手術中の院長(右)

脊椎顕微鏡(マイクロ)下手術中の院長(右)

院長プロフィール

1969年2月 金沢市長町生まれ
市立長土塀小学校、市立高岡中学校、県立金沢泉丘高校 卒業
1993年 国立金沢大学医学部卒業
医師国家試験合格
金沢大学整形外科教室 入局
1999年 金沢大学附属病院 整形外科助手
2001年 アメリカ エモリー大学 脊椎センター留学
2003年 石川県立中央病院 整形外科医長
2007年 氷見市民病院 整形外科部長
2009年 富山県立中央病院 整形外科 脊椎外科長
2011年10月17日 あかまる整形外科・脊椎クリニック 開院
2014年1月 医療法人社団 あかまる整形外科 開設

主な医学論文実績

院長が関係した研究論文のうち、脊椎・脊髄外科のトップジャーナルである「SPINE」などに掲載されたものです。
金沢大学勤務時代のものとアメリカエモリー大学留学時代のものがあります。
院長が主著者(First Author)で執筆したものが4編あります。
主に①悪性脊椎骨腫瘍に対する脊椎骨全摘術に関連したもの
②椎間板再生や脊椎固定術に対する骨形成蛋白(BMP)の有用性に関連した基礎研究
です。残念ながら②はまだ国内では臨床応用されていません。

腫瘍脊椎骨全摘術後再建に用いたチタンケージ内の自家骨への荷重伝達

腫瘍脊椎骨全摘術後再建に用いたチタンケージ内の自家骨の癒合

異なる矢状断アライメントでの腰椎固定術による隣接椎間の運動

単純な担体の改良が腰椎後側方固定術に対するrhBMP-2の伝達を増強する

ラット椎間板細胞におけるBMP-2の影響

胸椎矢状面に対する胸骨、肋骨胸骨関節、椎間板、椎間関節の役割

腰椎椎間板における無重力の影響

脊椎から胸腔内に進展した骨巨細胞種

脊椎急性短縮の脊髄への影響

脊椎転移癌に対する治療戦略

院長の恩師

院長は整形外科全般を専門としておりますが、金沢大学病院や石川・富山県立中央病院に勤務時代は、数多い整形外科の分野の中でも特に脊椎・脊髄外科に力を入れ、臨床や基礎研究、論文執筆や学会発表などを数多く行っていました。
恩師は前金沢大学病院長の富田勝郎教授と、現金沢医科大学教授の川原範夫先生で、お二人から、脊椎・脊髄疾患の診断・手術手技、1例1例を深く考えることの重要性、医師としての厳しさなど、数多くのご指導を賜りました。もちろん現在でもよく相談させていただき、指導していただいております。

ある宴会の席(2005年)で、富田勝郎先生(中央)、川原範夫先生(右)

ある宴会の席(2005年)で、
富田勝郎先生(中央)、川原範夫先生(右)

院長の海外研修記録

2001年1月~2002年6月

米国ジョージア州アトランタにある、エモリー大学整形外科・脊椎センターに留学しました。
John Heller教授(写真1)のご指導の下で頚椎外科の臨床を学びました。症例に対する治療方針や、症例検討会での議論の内容などは日本とほとんど変わらず、日本にいても、簡単に欧米の教科書や国際学会に接する機会がある情報化社会では、臨床面で日本とアメリカとの違いはあまり感じませんでした。ただ、頚椎後方手術が圧倒的に多い日本に比べ、アメリカでは頚椎前方手術が圧倒的に多く、脊髄症に比べ神経根症の手術が多く、頚椎後縦靭帯骨化症はほとんど見られず、人種の違いによる疾患の違いを感じました。
Heller教授は非常に紳士的で教育熱心でもあり、医師としての丁寧な診察と手術、また教育者としての後輩医師や私のような留学生への温かい指導などは、大変感銘を受けました。豊富な知識に裏付けされた理路整然とした的確な診断と確実な手術を学びました。
しかし、医療保険制度や、医師の卒後教育制度などは大きな違いを感じました。日本の国民皆保険制度のありがたみを再認識しました。
また、Scott Boden教授(写真2)、William Hutton教授、Tim Yoon教授のご指導の下、「脊椎固定手術」や「椎間板細胞の再生」に対する骨形成蛋白(BMP-2)の有用性を確かめる研究などの基礎研究を行いました。このBMP-2はアメリカでは臨床応用され、骨癒合の促進に効果を得ていますが、日本では未だに使用の認可が下りていません。

Heller教授と

【写真1】Heller教授と

Boden教授と

【写真2】Boden教授と

2000年3月~5月

米国フロリダ州マイアミにある、マイアミ大学整形外科に3か月間の短期留学をしました。
Loren Latta教授のご指導の下で、腫瘍脊椎骨全摘手術後の最適な脊柱再建方法を確立する生体力学的基礎研究を行いました。前方+後方同時固定に比べ、後方固定術単独の方が再建部位の骨癒合に有利であるという結果でした。
また、期間中、Harry Shufflebarger教授の側弯症手術の見学に行きました。10歳前後のCobb角50-60度程度の特発性側弯症症例を2例見学しましたが、後方進入による椎弓根スクリューとフック&ロッドを用いた矯正固定術の手際よい手技に目から鱗が落ちる思いをしました。帰国後、自身が執刀する脊椎固定手術に大いに参考にいたしました。

Lattta教授(左から2人目)や研究室の先生方とのマイアミビーチでのランチ

【写真1】Lattta教授(左から2人目)や研究室の先生方とのマイアミビーチでのランチ

Shufflebarger教授(中央)、ギリシャ人留学生(左)、院長(右)

【写真2】Shufflebarger教授(中央)、ギリシャ人留学生(左)、院長(右)

2005年7月

ドイツのカールスルーエにある、カールスバッドクリニックのJuergen Harms教授を訪問しました。2日間滞在し、脊椎手術を3例見学しました。また、同院の先生方に自分の研究内容(脊椎固定術後再建に用いる移植骨の骨癒合について)を講演しました。
骨粗鬆症性椎体骨折に対して上位胸椎から仙椎までの超ロング脊椎固定術や、胸腰椎以降部の悪性腫瘍脊椎骨に対する全摘術+固定術(後方→前方→後方)などと、大きな手術をよどみなく施行されていました。Harms教授は60歳という年齢にも関わらずパワー全開で、しかも手術は繊細であり感銘を受けました。私が講演した研究内容はすでに私の論文を読んで周知していただいており、大変高く評価をしていただき、感動しました。

Harms教授と院長

【写真1】Harms教授と院長

講演する院長

【写真2】講演する院長

手術見学する院長

【写真3】 手術見学する院長

 

2006年10月

日本脊椎脊髄病学会の代表(Asia Traveling Fellowship)として、アジアの代表的な脊椎センターを訪問し、講演や技術講習を通して、相互の学術交流、技術交流を行ってまいりました。
タイのチェンマイにある、チェンマイ大学整形外科・脊椎センターのKorku Chiengthong教授を訪問しました。1週間滞在し、手術や外来診療などを見学し、私からは近隣の整形外科医や大学の医局員・学生に対して腫瘍脊椎骨全摘術に関する講演を行いました。
タイの医療レベルはまだまだ発展途上という印象を受けました。病床が不足しており、病室は8~10人の大部屋がたくさんあり、それでも病室に患者が入りきらず、廊下にもストレッチャーが並べられ、そこにも入院患者さんが寝ていました。映画などで見る戦時中の野戦病院の雰囲気でした。設備面でもMRIやCTは簡単に撮ることができませんし、また、周囲に病院がなく、外来はあふれるように患者が押し寄せているようで、救急車も遠方から数時間かけて運ばれてきていました。
しかし、タイの先生方や医学生は非常に勉強熱心で真面目であり、市内の様子もアジア独特の熱気と活力があり、みな豊かではなくても一生懸命生きている純朴な感じが伺われ、日本人が忘れかけている魂を持っているように感じました。

韓国のカンジュ(光州)にある、チョンナム(全南)大学整形外科・脊椎センターのJae-Yoon Chung教授を訪問しました。1週間滞在し、やはり手術や外来診療などを見学し、私からは講演を行いました。
韓国の医療レベルは日本と同様にかなり高く、難症例に対しても積極的な手術治療で良好な成績をおさめていましたし、また、日本ではまだほとんど行われていない、頚椎人工椎間板手術を行うなど、先進的な面もありました。
症例検討会での議論でも、医者として患者を何とか助けたいという気迫を感じ、いろいろと苦労をされながらも知恵を出して常に努力をしている様子を、随所に垣間見ることができました。

Korku 教授(左)、同行の神戸医療センター宮本先生(中)、院長(右)でランチ

【写真1】Korku 教授(左)、同行の神戸医療センター宮本先生(中)、院長(右)でランチ

(日本では考えられない)手術室で喫煙するKorku 教授(左)、院長(中央)

【写真2】(日本では考えられない)手術室で喫煙するKorku 教授(左)、院長(中央)

手Chung教授(中央)、院長(右)

【写真3】Chung教授(中央)、院長(右)

院長とスポーツ

院長はスポーツをする人を応援します。
整形外科疾患の中でも、特に専門である脊椎・脊髄病診療だけではなく、スポーツ整形外科診療にも積極的に取り組んでいます。
モットーは「元気があれば何でもできる!!」です。
院長自身もいろいろなスポーツを行ってきました。ちょっと紹介させてください。

1.バスケットボール

高岡中・泉丘高時代:バスケットボール部所属 主にセンターでした。(写真1)金沢大時代:社会人クラブチーム(金沢二水クラブ)に入り、在籍中、県リーグ1部に昇格しました(最高位1部リーグ3位)(写真2)。大学5年時には、県大会→北陸大会で優勝し、全国クラブチーム選手権に出場しました(1回戦敗退)。
リバウンドキープの強さには自信がありました。シカゴブルズのデニス・ロッドマン選手のようなプレースタイルを目指していました。
大学卒業後、医師となり引退しました。

2.野球

長土塀小時代:学童野球(長土塀(現;中央)スターズ)4番ピッチャーでした。(写真3)
金沢大時代:医学部準硬式野球部に所属し、5番キャッチャーで、全日本医学生体育大会で優勝を2回(大学4年時、5年時)しました。
大学卒業後、金沢大学整形外科教室チーム(ミリオンストーンズ)に所属し、初めの頃は5番キャッチャー、晩年は1番ライトが定位置でした。
全国整形外科学会での野球大会で優勝を5回しました。2010年は東京ドームでの決勝戦で惜敗し準優勝でした(これが引退試合となりました)。(写真4)
好きなプロ野球チームは中日ドラゴンズで、子供の頃は小松辰雄投手のファンでした。アメリカ留学中は、アトランタブレーブスの試合を20試合くらいは観戦に行きました。グレッグ・マダックス投手とチッパー・ジョーンズ選手のファンでした。

3.ゴルフ

医師2年目(25歳)から、開始しました。
白山カントリークラブ所属で、オフィシャルハンディキャップ 7、ベストスコア 74です。(写真5) 月例杯や四大競技などのクラブ競技にも時々出場しています。
「カートには乗らずに18Hを歩く」をモットーにしています。

4.スキー

小学2年から父に教わり開始しました。大学時代は年間滑走日数20-30日で、冬休みなどに、スキースクールのインストラクターのアルバイトをしていたこともありました。アルベルト・トンバ選手全盛の頃です。コブ斜面が大好きで、近年はファンスキーを楽しんでいます。

5.スノーボード

30歳から開始しました。1年に数回だけ、けがをしない程度にほどほどにenjoyしています。
自分のルールでジャンプ厳禁としています(ケガをしないためです)。